
民間中小病院が潰れる! - 診療報酬に組み込まれた市場経済原理 -
[2010.05.20]
社会医療法人財団 天心堂
理事長 松 本 文 六
1 はじめに
医療崩壊という言葉がマスメディアで使われ始めて久しい。しかし、その本質はどこにあるのかという報道はなされていない。医師は日々の診療に追われる中で、市場経済原理が医療の現場にどのように適用されているかについても極めて疎い。
厚生労働省は、時の内閣の政治姿勢に基づいて診療報酬を作成する。改定幅が決り、総額が決っているので担当部署である保険局ではそのパイをどう配分するかに汲汲とする。
救急患者のタライまわしなどの報道が喧しくなると、医療本来の視点よりは、政治家の圧力を重視し、そして、更には医療界の顔色を窺いながら、点数配分を決めているのが現実であろう。
診療所・医院の診療報酬に関しては、日本医師会の意向を忖度し、大っぴらに圧縮するのは控える。又、救急問題がマスメディアの爼上に載せられると、多大の税金を投入されている三次医療機関に対して重点的に配分する。それは、諸都市の首長の当落を左右する医療問題で追及されないことをも考えて配分されると思われる。役人は、声の大きい関係団体に対してはそれなりに対応するという姿勢が日常的に身についているから。
本稿では、小泉政権以来、医療・福祉・介護の分野に市場経済原理が大幅に導入されることによって、1990年代後半から始まっていた医療崩壊が一挙に進んで行ったことの証左として、2008年度の診療報酬改定内容を検討してみたい。筆者はOECD30ヵ国中の医師数と総医療費の対GDP比が2007年度での日本がそれぞれ27位、22位という中で何故日本の健康寿命が世界一になったのか?それは、日本の医療提供システム、とりわけ民間中小病院の存在がその最大の要因と考えている。ところが、医療崩壊の著しい矛盾は民間中小病院に集中している。ここでは民間中小病院に身を置く筆者の立場から医療崩壊を表徴している問題点について以下述べたい。
2 医療崩壊は病院危機、とりわけ民間中小病院の危機である
筆者の医療崩壊に関する考え方を図表化すると図1のようになる。その現象が端的に表わされている病院経営についてまず述べる。
日本全国の病院の経営が極めて厳しくなったのは、1990年代後半からである。表1は、日本病院会医療経済税制委員会が、会員病院の2006年度決算のデータをもとにした調査によるものである。定点病院がどういう基準で選ばれているのか定かではないが、公的病院は全体で約77%が赤字である。私的定点病院の赤字が8.3%ということは、定点病院の選択が片寄っているせいと思われる。非定点の私的赤字病院は45.8%なのであるから。
さて、地域医療の中軸を担っているのは100~199床病院である。これらの病院の経営状態をみると、公的病院は80.9%、私的病院は41.9%が赤字で、約2倍の格差がある。これは私的病院は3年続けて赤字を出すと、銀行融資がストップされるから、人件費を中心に経費を節減しているためだと考えられる。因みに、看護師の年俸を公私病院間で比較すると、100~199床病院では、私的病院は公的病院に比し2001年度決算での調査では116万円、2006年度のそれは73万円も安い。差が縮んで来ているのは公の給与の上げ幅の縮小によるものと考えられるが、...。
100~199床の病院は、2007年10月1日現在の日本の全病院8,862病院の内2,725病院で30.7%を占める(表2)。更に、199床以下の病院数は、6,116病院で全体の69.0%に及んでいる。全国各地で地域住民の生活に最も近いところで医療を展開しているのは、199床以下の病院である。今、医療崩壊が集中しているのはこれらの中小病院であるが、このことについて、国の各種審議会のメンバーはどの程度認識しているのであろうか? かなり疑わしい。それは、診療報酬体系そのものが、大病院≫診療所>中小病院>有床診療所という形で傾斜配分されており、国は、中小病院を本気で潰そうとしているとしか考えられないので特に強調しておきたい。
さて、医療崩壊(=中小病院潰し)を促進する診療報酬体系について、具体例をあげて以下述べる。
(1) 平均在院日数短縮化競争
頑張れば褒賞金(加算)をあげますという診療報酬体系そのものが、平均在院日数の超短縮化をもたらした。アメリカ金融界のトップの報酬が年間優に数十億円を越していることは市場経済原理の最たるものであるが、日本の病院経営者は、この厚労省の超優遇政策にすぐさま乗っかった。先の表1でみたように、大小に関わらず近年の日本における病院経営は極めて厳しいので、全国の病院経営者は、経営改善のため、すさまじい努力をした。その結果が図2と3である。DPC病院では、すでに平均在院日数が10日を切っている病院もあるという。しかし、この平均在院日数短縮に向けた経済誘導方式は、医師の絶対数がOECD30ヶ国中27位という中では、医療現場に大きな歪をもたらしてきている。図4は、その歪の医療的証左である。それは図5のDPCによる経済誘導方式の結果であることを歴然と示している。
この平均在院日数短縮化競争は、医療現場に日々関わっている医師及び医療従事者に精神的肉体的疲弊をもたらした。このことについては、為政者はエビデンスを求めたがるが、医師及び看護師の自殺率・うつ病率・離職率は未だに明らかにされていない。
しかし、考えてもみよ。A疾病のこれまでの平均在院日数が20日間であったものを14日以内にしようとすれば、労働密度は1.4倍となり、10日にすれば2倍となる。医療現場での患者の暴言・暴力は、病棟や外来での患者さんとしっかり向きあった医療提供ができないような環境がその背景にあるのは間違いない。
1990年代イギリスの元首相サッチャーは医療に経済原理を大幅に導入した。このイギリスの新自由主義に基づく医療政策は、われわれが1960年代に大学で教わった《ゆりかごから墓場まで》の医療・福祉を完全に崩壊させた。その結果、2000年前後のイギリスの医師の自殺率は他の専門職の2倍、看護師のそれは何と4倍に達したという。小泉政権の緊縮財政と、聖域なき構造改革は、まさに日本の医療をサッチャー式医療崩壊の道へと邁進させてしまった。
このような、医療従事者の精神的・肉体的疲弊を極度化させる診療報酬方式には何としてもNo!という形で新しい政権に向かって声を大にする必要がある。
(2) 入院基本料
入院基本料は、本来、技術料としてのドクターフィーと(註)対比される形でホスピタルフィーであるべきである。
病院の費用には、大きく分けて3種類ある。
① 基本的経費 ... 建設費用/機械・機器の購入/etc.
② 経常的経費 ... 人件費/光熱費/etc.
③ 間接的経費 ... 職員研修費/質を確保するための費用/
大災害・事故に備えるための準備的費用
病院と診療所では、①に関する費用に雲泥の差がある。しかしながら、診療報酬で一定程度補償されているのは②のみで、①と③は全く考慮されていないのが現実である。
高額のCT・MRIなどの機器は、診療報酬である程度補填されているが、建物の建設費用や補修・維持費用は全く考慮されていない。公的病院はこれらの費用はまるっと税(しかも、不動産所得税・固定資産税・都市計画税・法人税は免除されている)で賄われているが、民間病院は利益の中で賄うこととされている。(だからこそ、公私の赤字病院の比率はこれ程格差があるのだ。)
遅くとも1970年代前半迄は、病院と診療所の差は、単に病床の有無でしかなかった。しかし、1980年代に入り、CT・MRIなどの大型診断機器が一般病院にも導入されてきた。これらの著しい医学の進歩で、病院と診療所間の診療機能は大きな格差が生じて来た。その上、病院の療養環境の改善が問題となってきた。このような情況では、入院基本料は、ホスピタルフィーとして、病院のハード面を補償する意味で、大小に拘らず、1病床当たりの基本料金を設けるべきである。
しかしながら、2006年からの入院基本料の中核部分は、看護師配置数を基準に設定されている。入院に伴う費用を看護師数だけを基軸に考えられているということは、現行の診療報酬体系そのものが、病院医療について全く考慮されていないと断言せざるを得ない。更に驚くべきことに、入院基本料に36項目の加算項目が設定されていることである(表3)。
この中で、大規模病院で加算可能な事項は、何とイ~ヘ・チ~ヨ・ソ~ウ・ノ~フ・エ~アの31項目に及んでいる。しかしながら、200床以下の中小病院で加算がとれるのは、頑張ってもせいぜい10項目である。人手に関するものはリ・カ・ヨの3項目、地域の特性加算はタ・レの2項目、質に関するものはチ・クの2項目である。
入院基本料にあれこれの加算をつけるのは本来筋違いと考える。ホスピタルフィーとして、ハードとしての必要な施設と機能という形で入院基本料を設定する方が大事である。このような大病院中心、中小病院切り捨ての診療報酬体系の中で、施設というハードへの評価がないと、官民格差は今後ますます拡大し、他方で中小病院が潰れてゆくのは目に見えている。消費税問題が片付かないと民間の中小病院は更に疲弊し、縮小~閉鎖せざるを得ないこととなる。入院基本料はハードとしての施設の運営管理に見合ったものに限定すべきであり、機能や受け入れ態勢、技術料加算あるいは看護師医療補助者など人に関することは全くの別項目とすべきである。
(3) 看護基準とりわけ7:1の入院基本料について
表5は、2006年の7:1等の看護師配置基準が導入された折の北海道(2006.9.30)と大分県(2007.1.31)の取得病院分布であるが、13:1以下のかなりの中小病院は閉鎖あるいは縮小を余儀なくされてきている。
因みに日本病院会に加入していた200床未満の病院の退会理由(2004.4.5.~2009.5./153病院)を調べると図6のようになっている。やはり、"聖域なき構造改革"によって中小病院は消えつつある。
7:1の改定がなされて間もなく、筆者の病院から、大学病院等より4人の中堅看護師が引き抜かれ、現場は大変な混乱に陥った。様々なセミナーや講習会に参加させ中堅指導者として育成した看護師が一挙に病棟より消えると、現場は動揺し、離職者が次々に出てきた。この中堅クラスの看護師は新人教育の中心メンバーであったので、その後の新採用看護師の指導体制は一挙にくずれてしまった。最近はやっと落ち着きを取り戻しているが、なお質の向上にはこれまで以上に力を要す状況となっている。
表6にこの7月初めの筆者の属するへつぎ病院の内科病棟の看護師の配置を示す。助手等を除く看護師29名のうち12名は、当病棟の経験は0である。3つの他の病棟も似たりよったりである。このような、中小病院の看護現場が大変な情況に陥っているのは、筆者の病院のみでなく全国共通の矛盾であると考えられる。大病院は待っていてもそれなりのレベルの看護師が応募してくる(基本は民間中小病院に比べると給与が圧倒的に高いのも大きな要素)ので、このような事態は決して起こらない。医療面での不均等発展、格差拡大と混乱をもたらしたのがこの7:1看護基準であることを、大学・大病院・医療審議会に属するいわゆる"有識者"はしっかり認識して欲しいものである。看護師配置基準評価は病院単位でなく病棟単位の配置基準とすべきであった。そうすれば、無用な混乱とこれだけの荒廃は起こらなかったと思われる。
(4) 入院時医学管理加算
表4は表3の入院基本料加算項目のイの入院時医学管理加算の施設基準を示す。このうち1~4及び7,8は明らかに救命救急センター及び大病院のみにしか適用されえない。中小病院は一切関係ない加算で、これを入院基本料の加算部分とすること自体がそもそも問題である。機能に特化した別項の加算とすべきであろう。5と6は(2)の表3のリとコと重複している。
大病院はほとんどDPC適用病院であるのでこの加算項目をとりたてて問題にしなくとも良いのかもしれない。しかし、これを取得している病院は8千数百の病院でわずか140余病院という('09.7.1.現在)。この項目等を見ると見かけ上の診療報酬の改定率をプラスにするための便宜的な点数と疑わざるを得ない。しかし、『医科点数表の解釈』では、〈急性期医療を提供する体制及び病院勤務医の負担の軽減に対する体制等を評価した加算である。〉と明記されているが、二次救急施設である中小病院の勤務医の負担を軽減することは考えていないということを如実に示している。この入院時医学管理加算を取得できる大病院では、医師の数も圧倒的に多く各科当直や複数当直体制が可能で交代で休暇をとることも可能である。しかし、二次救急を担っている中小病院では、複数当直は不可能で、月に3~4回の一人当直体制しか取れない環境で、精神的肉体的には、こちらの方の負担を大幅に軽減してほしいのは、筆者のみではなかろう。中小病院は"選択と集中"の政策の下では切り捨てても良いと考えているとしか思えない。
(2)で述べたように、入院基本料加算項目のうち、大病院は殆ど満たせるが、中小病院でこれらの項目をすべて満たすことは到底不可能で、せいぜい多くとも3~4項目である。入院基本料等加算は、すべては大病院向けの加算でしかない。因みに、10日間入院した場合の1日平均の入院費用は、表7のようになる。大病院に10日間入院すると、1日平均約100,830円かかるが、7:1入院基本料の一般病院に入院すれば、1日平均19,830円で、その格差はほぼ5:1である。もし、医療療養病床に入院した場合には12,295円で高度急性期病院の約1/10でしかない。同じ病気を持った患者にこれだけの診療費の格差を設けていること自体に大きな怒りと憤りを覚える。表7の作成者は日本慢性期医療協会の池端幸彦氏だが、彼はこの表の右端に遠慮深くかつ、鋭い指摘をされている。
以上、入院基本料等について述べたが、このような事実を知ると、厚労省は、"選択と集中"という大義名分を掲げて、中小病院の淘汰にかかっていると指弾されても致し方あるまい。これこそ小泉政権の"聖域なき構造改革"の診療報酬体系の中の徴表である。
繰り返しとなるが、医療崩壊が顕著に進行している中小病院崩壊の最も典型的な徴憑は(1)で述べた診療報酬体系の中での平均在院日数短縮化誘導政策及び(2)(3)の看護師の数を基軸とした入院基本料の設定であることは論を俟たない。
3 もう一つの医療崩壊を示す事実
医療崩壊という言葉は、病院危機の代名詞のように使われている。しかし、医療を受ける側にも大変な事態が起こっていることを私どもは知る必要がある。病院・診療所の未収金が近年とみに増えたのは、不況と医療費自己負担3割という政治と医療政策の失敗の結果として現出している。正規社員を中心とする被用者保険に加入している者はまだしも、非正規社員やリストラに会った労働者は、国民健康保険料さえ支払えなくなっている。
膨大な無保険者の出現の可能性がある。この7月末現在の日本の完全失業率は5.7%で359万人に達した。失業している人たちは、国民健康保険料を支払えないために受診を控えざるを得ない状況に陥っている。
2008年6月1日現在の国民健康保険料の滞納世帯は5世帯に1世帯に達している(表8)。
本人が、保険料を1年間納付していない場合には、資格証明書が交付され、診療等を受けた場合には、医療費を一旦全額現金で支払い、その後一部負担金を除いた金額の支給を申請することができる。又、滞納が1年に達していない場合、医療機関で受診する場合には、1ヶ月、3ヶ月などの期間を区切って発行される短期被保険証が交付される。通常の保険証と同様に診療等の給付を受けることができるが、定められた期限で更新が必要とされる。
表8をみると、滞納世帯のうち、資格証明書及び短期被保険者証世帯は、合計163万世帯に及び、滞納全世帯の35%に及んでいる。一世帯2.5人と仮定すると、約400万人が無保険者になる可能性がある(これは生活保護世帯は除いた分である)。昨年秋から大量にリストラされた派遣や非正規社員はこの世帯に含まれていないことが考えられるので、資格証明書や短期被保険者証を交付されるであろう人たちはこの1.5~2倍に達するであろう。古来より、疾病は貧困の程度に比例すると言われている。この点からも私たち医療提供者は、医療を受ける側の状況にまで知悉しておく必要があろう。
又、後期高齢者医療制度では、当初から資格証明書の対象となるのは約570万人と想定されていた(表9)。2008年4月以後、全国で後期高齢者医療制度の批判が高まる中で、厚労省は2008年7月11日に、夫婦世帯で年金収入が年238万円以下と単身世帯で年金収入が年203万円以下の者は資格証明書の対象外とすると宣言せざるを得なくなった。
この2つのケースを考えると、世間が騒がなかったら、国民健康保険対象者だけで1000万人を超す無保険者が発生する筈であった。
4 おわりに ―あまり触れられていない点も1つ2つ
来春の診療報酬の改定期に向け、中医協や審議会で多様な議論が展開されると思われるが、施設など病院医療の基本となるハードについては大小に拘らずホスピタルフィーとしての診療報酬を新たに設定すべきである。
又、市場経済原理を大幅に医療に持ち込むことは止めさせるべきである。効率化と市場経済原理は異なる。国として医療の中の効率化、医療費の適正化のために何をなすべきかの例を以下に触れ、この稿を締めたい。
① 介護保険の要介護度Ⅰ~Ⅴ度で、医療的には入院の必要がないが、身体障害者手帖1級を持っているので病院に入院を希望する患者さんが結構いる。このような方々は、老健や特養に入所するには費用が発生するが、病院であれば還付があるので経済的には極めて楽なので、それこそ社会的入院を強く希望する。医師及び医療ソーシャルワーカーは、この現実をつきつけられたら、介護施設へ紹介するのをためらってしまう。これでは医療療養病床はいつになっても空けることはできない。身体障害者の処遇は介護保険でも同様に扱うべきであろう。そうしないと、社会的入院は一向に減らないと考えられる。
② 心臓ペースメーカーを装着している人は、身体障害者の1級なので終生医療費は無料(償還制で)である。しかし、ペースメーカーがまともに駆動している場合には日常生活は可能である。装着直後の一定期間から新たに再装着する迄の間は狭心症の患者が費用を負担するのと同じような負担をしてもらっていいのではないのか? と筆者は考えるが如何なものであろうか?
このようなことも厚労省及び我々医療提供者が考えるべき医療費"適正化"のケースである。
医学は日々進歩する。身体障害者手帖についても5年~10年毎の見直しが必要なのではなかろうか。
(2009.9.28.)
註:最近の中医協で、ドクターフィーを設けて、それを直接医師個人に払うべきだという主張をされる委員がいる。日本で使われる"ドクターフィー"は手術などの技術料(診療報酬上に設定された点数)という形として限定して使われるべきだと考える。筆者は後者の観点でドクターフィーという言葉を使っている。