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松本文六理事長の一言

国民皆保険制度の解体が始まっている

                         社会医療法人天心堂 理事長 松

 

1 今、世の中は"竜馬の時代"

 2008915日、米証券第4位で156年の歴史を持つリーマン・ブラザーズの破産申請と、同3位のメリルリンチのバンク・オブ・アメリカによる吸収合併のニュースは、瞬時にして地球を駆け巡り、1929年の世界恐慌に比せられる世界金融危機が始まった。

 マネーゲームでこの世を謳歌していた大投資家は、まさに天国から地獄に突き落とされた気分であろう。汗さえかくこともなく、証券の動きを画面でみながらのゲームで一喜一憂する生活が如何に反社会的であるかを、生活に追われている多くの民はその叡智で冷静に観ている。

 明治維新の15年前、1853年ペリーが浦賀にその黒船に乗って来たことがたちまち日本全国津々浦々に伝わったというが、その時の驚天動地の情況に通じているほどの大事件である。

 1990年代中端より始まった医療「構造改革」は、静かにしかし、確実に始められている。1994年の健保法・診療報酬改定に際し、入院時給食材料費の"保険外し"と、食事「標準負担」を超える差額料金の"自由化"及び差額ベッド要件の大幅緩和が行われた。この時期がその始まりと考えられる。こうして《医療保険給付の対象範囲が相対的にも絶対的にも縮小し、「国民皆保険」の実質的空洞化が密かに進行している》と識者はいう。

 その当時は黒船的驚きはなかった。しかし、それが、小泉政権によって強力に推し進められる中で、現在的には、医療界とりわけ病院医療界では悲鳴あげているような情況にある。市場経済原理の、医療・福祉・介護・教育の領域で大幅な侵蝕が進んで来ている。年々それによる労働強化が進み、診療報酬による圧力の中で、医療者及び医療機関は疲弊してきている。

 これは、現在の世界的金融危機に比すべき、医療危機と称すべき情況で、日本の歴史に比すとすれば、明治維新前の"竜馬が行く"時代情況と酷似している。日本医師会は当時の徳川幕府に擬せられる。日医は医療界からは完全に信頼を失ってしまっているが、未だに徳川政権での御典医を維持しようとあがいている。

 これでは、日本の国民皆保険制度は守れない。医療界での明治維新を実現しなければならないと思う。今の、日本の医療界はまさにそのような時期に追いやられている。

 

2 国民皆保険解体の足音

 この5月、30才代の"大きな"女性が、ここ1週間前よりどうも気分がよくない、むかむかする、食欲が全くないと来院された。何と血圧が230140mmHgと上昇していた!! 何度計っても高い。30有余年に亘る私の医者生活の中でこれだけの異様な血圧上昇のケースは初めての経験であった。患者は、若いし、このままではとても危険なので入院をすすめるも、頑として受け容れてくれない。詳しく聞くと、《お金がない。子どもの面倒も看ないといけない。入院は到底できない。》と。又、《実は資格証明書を持って来た。》と。医療保険の用語としての"資格証明書"のことは知っていたが、現実に目の前にそのような患者が現れるとは夢にも想っていなかったので、大変びっくりした。諸々の生活上の注意点を説明し、一時的な降圧処置をし、降圧剤を持たせて帰した。何とか、1カ月半で眼をむくような血圧値からは程遠いところまで持って行けたが、その後、定期的に来院するように話していたが、最近は全く連絡さえとれないでいる。果して、生きているのだろうか。とふっと想い出し、医者としての非力さを思い知らされる。

 この資格証明書は、健康保険料の滞納が1年続くと3割負担の短期保険証が発行される。更に1年を越える滞納が続くと100%現金払いの資格証明書が交付される。多くは国民健康保険に加入しているケースが殆んどである。市町村は《「国保料を納める力があるのに納めない。」と認定した場合に交付する》と言っているが、現実は決してそうではないらしい。滞納即資格証明書の交付らしい。親が滞納しているために、子供がどんなに悪くでも医療にかかれないという実態が全国のあちこちで起っているらしい。

 厚生労働省の調べ(2008.8.6.現在)では、滞納世帯は全国で4,746,032世帯で、うち資格証明書が交付されている世帯が、340,285世帯という。一世帯3人とすれば約100万人の人が無保険状態に置かれていることとなる。いわゆる非正規社員は、その50%以上は労働保険もないし、社会保険もないと言われているのであるから、無保険状態にある日本国民は、恐らく数百万人に達していると考えられる。これは実質的な国民皆保険制度の解体が始まっていることを示している。と私は思う。

 

3 後期高齢者医療制度と資格証明書

 この後期高齢者医療制度の下では、4月の法の実施時には、年金月1万5千円以上の者からすべて保険料を天引きと言われ、全国の多くの高齢者からの強い怒りと憤りの批判の中で、711日、国は、ついに次のような見直し案を公表した。

   ① 夫婦二人世帯で238万円以下及び一人暮らし世帯で203万円以下の年金所得の場合には、資格証明書交付の対象外とする。

  ② 資格証明書は、"相当な収入"があるのに納めない悪質な者に限って適用する。

 ①を行うとすればその該当者は何と570万人に達するという。高齢者の強い怒りと憤りがなければ、このような弁明は決してしなかったであろうと推測される。

 私たちが、全く知らされない中で、国民皆保険制度の解体が密かに確実に進められていることに唖然とさせられる。今や、私たち地域医療を実体的に担っている者は、それこそ満腔の怒りをもっと抗議し、国民皆保険制度を守ってゆく行動をしなければならないと思う。

 ハイリスクグループのみを対象とする後期高齢者医療制度の中に、このような仕組みが組み込まれていたからこそ、私は廃止せよと主張するのである。

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